仙台地方裁判所における口座入金直後の差押事案に関する和解について

滞納処分対策全国会議 事務局長
弁護士  佐  藤  靖  祥

1 事案の概要

平成29年9月15日、宮城県地方税滞納整理機構(以下「機構」)が、大崎市在住の60代のパート勤務の女性(無職の息子と2人暮らし)の給料8万6803円が、銀行預金口座に振り込まれた直後に、口座残高全額(8万7597円)を、国民健康保険税及び住民税等の滞納処分に基づき差押をした事案に対する国家賠償請求訴訟において、令和3年1月6日、和解が成立しました。

2 事実経過

この事案は、同居の息子が精神的に参ってしまい仕事ができず、女性の収入だけで生活をしていた事案です。女性の給料は、多いときでも14万円、少ないときには数万円というものでした。また、厚生年金を受給していましたが、2ヶ月で8000円程度であり、生活保護を受けうる生活状況でした。
当時の職場は、パート勤務であったため、社会保険の対象とはなっていなかったので、国民健康保険税や住民税を、その収入から負担しなければならず、およそその納付ができない状況が続き、税滞納がかさみ、延滞税を含め約200万円程度となりました。

そのような中で、平成29年4月、女性の滞納税金が機構に移管されました。
機構は、女性に対して納付をするよう求めたので、女性は、平成29年6月、90歳代の母親に頭を下げ、年金担保に100万円を借り入れてもらい、これを納付に充てました。しかし、残金の納付ができなかったので、その後の納付計画を立てることができませんでした。
すると、機構は、平成29年9月15日、女性の給料が預金口座に入金されたところ、預金債権として、その預金口座に存在した残金全額を差し押さえました。
これにより、女性は向こう1ヶ月の生活費がなくなったばかりか、翌月も同じことをされたのでは、死ぬしかないと考え、機構の担当者に、翌月も同じことをするのかを問うたところ、担当者は「こちらも仕事」「納付がなければ、(他の住民と)平等でなくなるので同じことになる」との回答がなされたので、絶望して弁護士に依頼をしたということでした。

なお、この女性については、弁護士が、明らかに生活に困窮しているのだから滞納処分の停止をすべきだと主張したところ、差押をされたときと何ら生活実態に変化はないにもかかわらず、滞納処分の停止がなされて現在に至ります。
そして、打ち合わせを重ね、平成31年1月8日、当会議のメンバーをはじめとした全国の有志弁護士が代理人となり、仙台地方裁判所に、機構を管轄する県と女性の居住市を被告として、国家賠償請求訴訟を提起しました。

3 訴訟の進行

訴訟において、機構は、税滞納者の個別具体的な生活実態を把握すべき法的義務はないし、そのような義務を課せば、徴税吏員に過大な負担をかけることとなるので、何ら違法性はないとの主張を繰り返していました。

しかし、本件が、平成31年4月10日の衆議院財務金融委員会において取り上げられ、政府参考人である国税庁及び総務省の担当者が、いずれも、差押禁止債権が口座に入金された直後に、狙い撃ち的に差し押さえることは不適切であり、税滞納者の個別具体的な生活実態を踏まえた適切な徴収が行われるべきとの答弁をしたこと、令和2年1月31日には、国税庁が、このような差押については行うべきではないとの通知を発出したことなどから、次第に和解に向けての気運が高まり、本和解成立に至りました。

4 和解の骨子

和解内容の骨子は、①差押をした口座残高全額の返還をすること、②今後は、差押禁止債権が口座に入金された場合であっても、差押禁止債権の差押と実質的に同視しうる差押は原則として行わないこと、③今後、滞納税金の徴収においては、税滞納者の生活実態につき個別具体的な実情を十分に把握した上で適切な納税緩和制度を行うこと、でした(詳細は和解調書をご確認ください)

①は、徴税吏員に認められている質問検査権をはじめとする広範な調査権限により、差押禁止債権が送金される預貯金口座を把握しておきながら、それを待ち構えて狙い撃ち的に差押をする行為の不当性を認めたものです。なお、当会議としては、被害回復ができたことについては評価しますが、事後的な被害回復をするのではなく、このような被害を出さないような適切な徴収実務を切に希望するものです。

また、②は、そもそも、国税庁が令和2年1月31日に発出した「差押禁止債権が振り込まれた預貯金口座に係る預貯金債権の差押えについて(指示)」の内容に沿ったものであり、これを遵守することが約束されたことには大いに意義があるものと思います。

最後に、③については、毎年、総務省自治総局が「地方税制改正・地方税務行政の運営に当たっての留意事項等について」を発出し、また、平成31年4月10日の衆議院財務金融委員会の質疑において、総務省政府参考人が、税滞納者の個別具体的な生活実態をふまえた徴収がなされるべきとの答弁をしていることに沿うものであり、これを明確に守ることを誓約したことについては、評価ができるものといえます。

5 和解を受けて

宮城県の機構は、本和解を契機に、差押禁止債権が預貯金口座に入金された直後に差し押さえるという手法は用いないこと、税滞納者の個別具体的な生活実態を踏まえた徴収を行うことを誓約しました。

機構による本件での差押は、決して許されるものではありませんが、依然として、他の自治体では、差押禁止債権が預貯金口座に入金されるのを待ち構えて差押をする例が散見されていることに鑑みると、宮城県のように、その過ちを認め、今後は徴収姿勢を改善していくことを誓約するという態度は、各地で評価されるべきです。

この和解がきっかけとなって、各自治体において、これまでの徴収姿勢を見直し、何のために広範な調査権が認められているのかをよく理解し、徴収一辺倒ではなく、税滞納者の個別具体的生活実態を把握する方向でも調査権が向けられるようになることを期待するところです。

このような、当たり前の徴収実務が、全国一律になされていくよう、当会議としては引き続き問題のある滞納処分を行う自治体に対し、その是正の申し入れをしていきたいと思います。

つきましては、原告のみなさまからの情報提供と、みなさまの当会議への参加が必要不可欠です。当会議への入会手続については、ホームページ上から行えますので、是非、一緒に、あるべき滞納処分を目指した活動をしていきましょう。