国税徴収法とは?

プロローグ

いま、全国の地方自治体で、住民税や国民健康保険税あるいは国民年金の滞納処分をめぐって、「助けてください」「給料を差し押さえられたら、会社を辞めざるをえず、生きてはいけません」といった若い納税者の悲鳴や、「これでは、ヤクザまがいの恫喝ではないか」「一括納付か、差押えかの選択を迫るやり方は、もはや行政のやることではない。サラ金よりひどい」といった住民の非難や怒りの声が聞こえてきます。
いま、地方自治体の徴収現場で一体何が起きているのか、事例を今少し掘り下げてみました。埼玉県下のある自治体の事例で、最もよくあるパターンです。

Aさんは、事情あって滞納中の国民健康保険税の分納を続けていました。Aさんが担当官に電話したところです。
Aさん「分納用の納付書がなくなったので、送って下さい」
担当官「(突然,大声で)毎月の分納額を増やすか、一括で完納するか、それが無理であれば差押えします」
Aさん「増額の話でしたら協議させていただきますが、住宅ローンもありますので…」
担当官「(Aさんの話の途中で)ローンよりも税金が先です」
Aさん「えっ!ローンが後回しで、税金が先ですか?」
担当官「ハイ。税金が優先です」
Aさん「私、ブラックリストになってしまいますが…」
担当官「ハイ」(自己破産を誘導?)
Aさん「私、ブラックリストになりたくないです」
担当官「弁護士を頼んでローンを後回しにする。そして分納額を増やすか、一括で完納するか、それが無理なら差押えです」
こんなやり取りが延々と30分以上も続いたと、Aさんは言います。途中で担当官の声がだんだん大きく、強い口調になり、しまいには恫喝といった感じ、とのことでした。

一方、国税(税務署・国税局)では、2014(平成26)年4月、8%に増税された消費税が、さらに、2019(令和元年)10月には10%への引き上げが予定され、滞納問題が深刻化し、滞納処分が厳しくなることが危惧されます。とはいえ、納税環境整備の一環として、2015(平成27)年4月に猶予制度の改善・見直しが行われたことによって、納税者の実情に基づく猶予制度の運用が強化され、見直し前の10倍近いペースで「換価の猶予」等の適用が増えています。いまのところ、地方税のような「トラブルの頻発」といった事態は聞こえてきません。

国税徴収法の特徴

ところで、冒頭見たような担当官の言動は、滞納処分を執行する法律「おおもと」である国税徴収法(以下「徴収法」といいます:注1)に照らして妥当なのか、国税通則法(以下「通則法」といいます)も含めた、我が国の租税徴収制度に照らして妥当なのか、ご一緒に見ていきたいと思います。その前に「徴収法とはどのような法律か?」を見てみましよう。

徴収法は1897(明治30)年に制定された旧徴収法を全文改正し、1960(昭和35)年1月に施行されました。その1条に、「この法律は、国税の滞納処分その他の徴収に関する手続の執行について必要な事項を定め、私法秩序との調整を図りつつ、国民の納税義務の適正な実現を通じて国税収入を確保することを目的とする」とその目的を規定しています。これで、わかるように、徴収法は、①徴収に関する手続規定であるとともに、②租税の滞納処分の中で、私債権との競合が生じた場合の調整機能があること、そして、③最終的には「納税義務の適正な実現」を強制し、結局のところ、④「税収入の確保」を目的とする法律であるこがわかります。
そして、この徴収法の目的を達成するため、租税優先の原則(8条)と滞納処分の自力執行権という大きな権限を付与したのが特徴です。銀行などが貸付金等(私債権)を回収する場合、裁判所に申し立て、裁判所の力(競売執行等)を借りて回収しますが、租税債権に付与された自力執行権とは、滞納税金を回収するため、差押えをすべき財産の調査・捜索、差押処分、公売処分、公売代金の配当・充当といった一連の徴収手続を、裁判所の力によらず、徴税機関が自らの手で実行できる権限のことをいいます(詳細は③を参照)。

徴収法のもう一つの特徴は、納税者のための徴収を緩和する重要な規定(換価の猶予、執行停止など)について、本来ならば「換価を猶予しなければならない」とすべきところ、「猶予することができる」と規定し、行政側の判断あるいは裁量によって決めるようにしたことです。
注1:国税徴収法で定められた滞納処分の手続等の規定は、国税だけでなく、地方税、国民健康保険税(料)および社会保険料など幅広い分野の滞納整理に適用されています。

間違いだらけの担当官の言動

以上のような徴収法の特徴について、租税徴収制度を中途半端に勉強した(と思われる)、前述の担当官にとっては、「することができるというのは、しないこともできることだ」「われわれ徴収職員は何でもできる」という誤解と錯覚を生み、前述のAさんに対する言動になったものと思われます。
確かに徴収法は強権的で裁量の幅が広いという、大きな問題点があります。しかし同時に、不十分ながら、納税の猶予、換価の猶予、滞納処分の停止といた徴収を緩和するための制度も用意されているのです。換価の猶予など現在の猶予制度一つとってみても、基本は納税者の実情を出発点として、納付資力の範囲内(の精一杯のところでの)の分納を認めています。そして、その納付資力は、納付資力調査に基づいて、双方で協議・算定するのがルールです。役所が勝手に分納額等の押しつけるようなことは、何の法的根拠もありません。
また、「住宅ローンが税金の後回し」と決めつけている担当官の主張も正しくありません。徴収法8条の「租税優先の原則」は、「第2章(租税と私債権との調整)のおいて別段の定めがある場合を除く」とされており、例えば、ローンの抵当権設定日が滞納税金の法定納期限等(発生日)より早い場合は、税金はローンに劣後します。住宅ローンの場合は、むしろ、このケースが多い位ですから、頭ごなしに「ローンが後回し」というのは、間違いです。仮に、ローンが劣後していたとしても、強引にローンを後回しにさせるやり方は、徴収行政の視点から見れば、納税者に経済的・精神的な混乱を持ち込むだけであっって、決して、得策ではないでしよう。このやり取りでの担当官の言動は、徴収法とは無縁のある種の「弱いものいじめ」であって、暴言そのものです。

重い、徴収法制定の責任者の言葉

徴収法に、租税優先の原則並びに滞納処分の自力執行権を付与するとともに、行政側の裁量権を随所に認めたことによって、前述の担当官のように、徴収行政が強権化し、納税者の権利が損なわれることが、制定時(1960年)から危惧されていました。徴収法制定に向けて3年余の租税徴収制度調査会における激しい議論があったわけですが、その調査会の会長であった我妻栄東大教授(当時)が、1960(平成30)年1月に出版した「国税徴収法精解」に次のような序文を寄せています(「我妻序文」(注2)と呼ばれています)。我妻序文の全文は、資料として添付されていますので、要点のみご紹介しておきます。
「…租税債権については、優先的効力の範囲にも、その用いうる強制力の程度にも、徴税当局の認定と裁量に委かされている幅が相当に広い。このことは、単に近代私法取引制度に対する例外であるだけでなく、近代法治国家の公権力の作用としても、異例に属する。にもかかわらず調査会がこれを承認したのは、納税義務者の態度の如何によってはかような制度を必要とするあることを認めたからである。いいかえれば、これらの優先的効力の主張も、強制力の実施も、真にやむをえない場合の最後の手段としてはこれを是認せざるを得ないと考えたからである。従ってまた、徴税当局がこれらの制度の運用に当たっては慎重のうえにも慎重を期することが、当然の前提として諒解されているのである。……よく切れる刃を持つ者が必要以上に切らないように自制することは、すこぶる困難である。不必要に切ってみたい誘惑さえ感ずるものである。本書がこれを戒めるために役に立つことを希望してやまない。」
以上の序文を、あえて要約するならば、「調査会において、強権的で、裁量の幅の広い、世界的に見ても異例ともいえる徴収法が出来上がったが、滞納者の中には悪質な滞納処分逃れもあることから、調査会としても認めざるを得なかった。したがって、この強権的な徴収法を一般の滞納者に執行する場合には、慎重のうえにも慎重を期することが前提として諒解されており、そのことを踏まえた上で新徴収法(現行徴収法)の答申を行なったものである。」というものです。
注2:この我妻序文は、「国税徴収法精解」の初版(1960年)から2018(平成30)
年出版の第19改訂版に至るまで、毎回序文に掲載されています。
この我妻序文は、行政として、徴収法をどのようなスタンスで執行すべきかという問題を、租税徴収制度調査会の会長、すなわち、現行徴収法制定の責任者の立場において述べたものですから、「これは国税だけの問題」と逃げることは許されません。また、その重みは大きなものがあります。こうした点について、とりわけ、地方自治体の幹部及びすべての徴収職員に対し、研修を徹底してもらいたいものです。

「猶予制度の見直し」の概要

最後に、「猶予制度の見直し」について述べておきたいと思います。なぜなら、滞納問題の相談の大半は分納問題、つまり猶予問題だからです。繰り返しになりますが、猶予制度の見直しは、国税は2015(平成27)年4月、地方税は2016(平成28)年4月から適用が始まりました。
猶予制度の見直しとは、
① これまで、換価の猶予の可否は行政の長の職権によるものだけでしたが、従来の職権型換価の猶予(徴151)に加えて、申請による換価の猶予(徴151の2)が新たに制度化されたこと
② 申請型換価の猶予の新設を機に、通則法上の納税の猶予(通46:地方は徴収の猶予。すべて申請による)、徴収法上の換価の猶予(従来の職権型及び新設された申請型)など全ての法的猶予(法律の規定に基づく猶予=延滞税・延滞金の免除が伴う)について、申請・申し出等の手続(書類)が具体化され、納税者自身で申請・申し出を行うことが義務付けられたこと
③ 納税者が行う猶予の申請・申し出の手続書類等を行政側がチェックするための質問検査権が整備されたこと(通46の2⑪⑫⑬、徴141)
④ 猶予に係る担保を徴さない場合として、猶予に係る税額が100万円以下又は猶予期間が3か月以内、及び担保に提供する適当な財産がない場合とされ、やや条件が緩和されたこと
⑤ その他、猶予の見直しを実施する前段の2014(平成26)年、延滞税(地方は延滞金)の利率、免除割合が大幅に改善されたこと
※平成30年中の延滞税(延滞金)の利率
・納期限から2か月以内 2.6%(法的猶予等で免除した場合…1.6%)
・納期限から2が月超  8.9%(法的猶予等で免除した場合…1.6%)

見直し猶予制度の積極活用を

この猶予制度の見直しによって、国税においては「猶予の申請の手引き」「納税の猶予等の取扱要領」を整備し、前述のように適用が進められていますが、問題は、地方自治体です。
国税より1年遅れで、地方自治体独自の内容を盛り込んだ形で実施されています。前述した国税のように、この制度を積極的に適用することによって、納税者の実情を踏まえた滞納整理の方向へ、徴収行政の舵を切らなければならないハズですが、残念ながら、各自治体の第一線の徴収職員でも、「えっ!猶予制度の見直し?何それ!」といった具合です。また、猶予制度の見直しは、全ての法的猶予が対象ですが、多くの地方自治体では、「申請型換価の猶予」のみと勘違いされ、最も対象事例が多い職権型換価の猶予は除外、と考えられているようです。この点も改善すべきです。
自治体独自の「手引」「取扱要領」の整備も不十分のようです。猶予制度を積極的に活用し、納税者(滞納者)をいじめるような滞納整理ではなく、納税者の実情に沿った方向こそ、求められているのではないでしようか。